更新日:2006/06/06(火) 22:52

大原から第一山小屋まで

西表の表玄関「大原」

 船底のすぐ下を遣うサンゴ礁、南国の香りをのせて通り過ぎる潮風、さわやかな気分に浸っている間に、わずか20屯の小さな船は、伏せたお盆のように平らな竹富島、黒島、新城島などの島々の間を縫って進む。
 はるか遠方の海上では幾人かの漁師が半裸のままで海にとび込み、サバニを駆使し、忙しそうに動き回っているのが見える。カツオの餌、ジャコウ取りの光景である。やがて遠くに見えていた西表島の山々が、そのふところを見せ始める頃、船は大きく舵を右にとり広大な仲間川に横たわる仲間橋を正面にみながら、ゆっくりと河口の港に入る。石垣港を出航して2.5時間カマボコ型の小さな桟橋に降りたつ。石垣へ通ずる東部唯一の門口、大原港である。
西表の表玄関「大原」
 小さな桟橋は、船の発着の際に顔を出すマイクロバスや出迎えの人々でいっぱいになり、港はしばしのにぎわいをみせる。大きな期待を胸に、桟橋から延びるなだらかな坂道を200m程行くと、西表最大の部落大原の家々がたち並ぶ。途中、右手に大原営林署があり、その入口には禁猟区の書き込まれた西表地図や、入山の際の心得などがこれから山へ入る者の自覚を促すように立っている。
 営林署裏には神社があり、大きな松の木の立ち並ぶ片隅に、大原部落創設の父である大舛翁の頌徳碑がある。神社の境内は暑い夏の盛りには松の木陰が快い涼みを与えてくれ、テントを張ることもできるが、水は民家のものを利用しなければならず少々不便なところがある。(この神社を利用する場合にも区長さんの許可をもらうことが無難であろう。)だが次々と訪れるキャンパーにとっては船待ちの間のサイト地として絶好の場所である。ここで注意しなければならないのは「最近のキャンパーは、部落の子供達に悪い影響を与える者も少なくない」いう言葉を耳にすることである。マナーの点に関しては言うまでもなく充分注意を払う必要があるだろう。
 見取図を一見してもわかるように、旅館が2軒あり、その隣りに、郵便局、売店、食堂、公民間などがあり、一応大きな部落としての風格は備えている。売店では、大体のものは手に入れることができるが、那覇で買うより少々値段が高く、天候の影響で船の便が途絶えると、すぐに品切れになるという。
 豊原向けにしばらく歩くと、部落のはずれに給油所と向かいあって玉盛運輸があり、船の発着の際に大原を中心として豊原、大富を結ぶバスの運行にあたるなど、部落の交通機関の中心となっている。
 大原部落は1953年に移民部落として始まり、サトウキビを主産物とする農業を中心に発展してきたが、やはり天候の気まぐれには悩まされているようである。一定所得がある職業をという理由で部落を離れる人々の多いのも、これを物語っているものと言えよう。
 西表には天然の良港があり、白浜、船浮などは、その典型的なものであるが、それも西部地域に限られ、東部地域にはそのような港はない。遠くまで続く浅瀬は、わずか20トン級の船の出入も困難だが、東部地域の人々や西表を訪れる大部分の旅行者は大原港を利用しており、東部唯一の港として大きな役割を果たしている。西表をおとずれる人も益々増えるこの頃、港のある大原は、その拠点となって西表の自然へ人々を誘い、ここを基点としていくつものコースが延びている。
 南国の海と山のおりなす壮大な景観を、充分に満喫できる北海岸線及び南海岸線へのコース。西部の祖納部落と並んで西表で最も古い古見部落を経て、西表の雄原始境マリユドの雄大さに浸り、野ヤシの里、星立へ降りるコース。仲間河口の部落、大富を経て四方視界の利く御座岳項上より西表を眺め、西部地域の表玄関、自浜へと続くコース。仲間橋のたもとより小舟に乗り、西表最大のマングローブの中、大河仲間川をさかのぼるコースなどは人々の期待に拍車をかけるものである。
 大原にはとりたてていうほどの見所もないが、ただひとつヤシの化石があげられる。桟橋から南側の海岸沿いに50メートル程歩くと、岩の所々に大きな穴のあいているのを見る。穴は直径10〜50p、長さ2〜3mの円筒形のもので約100万年前のヤシ類の森林の埋没されたものであるといわれている。
 浅瀬では毒があり、食べてはいけないといわれるめくらはぜが泳ぎ回っている。

西表島横断

 西表島の山々は、うっそうたる原生林におおわれ、未だ人の踏み込まない所が多い。道らしき道はなく、幾つかある林道も整備されず、歩行を困難にするのがほとんどであるが、大原を拠点とする西表横断ルート中この
西表横断道路図」
「大原→第一山小屋→第二山小屋→カンビレー・マリユドの滝→軍艦岩→稲葉廃村跡→星立」というコースは、山道が割合はっきりしており、西表島最大の景勝地であるカンビレー、マリユドの滝を擁する、利用者の多い横断用ルートである。
 シーズンともなれば、キャンパーや旅行者たちが絶えない一般向きのコースである。大原を出発し、第一山小屋へ行くには、大富から中央縦貫道路を通り、途中から右に延びる山道を経る方法と、古見部落から山道へ入る方法がある。


大原→古見→第一山小屋

 大原からホコリの舞い立つ道を20分も行くと、道の左側に大富部落を見る。大富より古見部落までは約1時間半かかる。大原からだと2時間、しかも本道を歩くので、夏は暑さに参ってしまう。途中、道の右手に広がる紺青の海原は暑さを忘れさせるほどきれいである。
 古見まで、午前中に行ければ、第一山小屋までの行程も消化が可能ではあるが、時間にせき立てられるので、かなり厳しい。普段は古見で一泊するのがほとんどである。古見部落でのサイト地は、休暇中であれば、古見小学校の運動場を交渉するのが最も良いだろう。
 翌日早朝に古見を出発する。古見小学校から本道を約150m行き、左の道へ折れる。この道を約10分600mの所から左側の山道へ入るのだが入目がはっきりせず、注意しないと見落としてしまうので、時間とてらしあわせて、左の方に道がないか気を配る必要がある。
 山道入口から約200m行くと、第一山小屋へ7.7qと示した道標がある。ここから、西表の大自然界へと入るのである。二本の足だけがたよりである。約一時間歩くと、急な登りにさしかかる。このコースは起伏が激しいが、その中でもここは最も勾配が急で、しかも登りがずっと続くのできつい。一歩一歩ゆっくり登ろう。あせりは禁物である。坂を登りきる頃、右手に西表島の最高峰古見岳がみえる。約30分歩くと分水嶺である。ここから先は、川が今までとは逆の方向に流れ、浦内川に注ぐ。行程の途中、セマルハコガメを発見する事がある。じっとしているカメにも、何か話しかけたいような気持ちになる。起伏は更に続き、分水嶺より三つ山を越すと、そろそろ昼が近くなり、腹に力が入らず疲れを覚えてくる。もう第一山小屋は近い。分水嶺より約1時間程行くと、分岐点がある。左は中央縦貫道路に続く道である。まっすぐいくと、約300mで第一山小屋に着く。
 古見から第一山小屋までの7.7qの行程には、電線のロート管が打ち込まれているほか、古見より第一山小屋へ7.7q、6q、4q、2q、の地点に10×30の大きさの赤いブリキ板の道標や、分岐点には丸いブリキ板の道標が打ってあるから、目印にすると良い。所々に白地に黒で書かれた営林署のつけた道標があるが、距離の表示が正確でない。赤い道標に書き込まれている距離は、1971年8月に我々RUWVが、測量したものである。

大原→大富→中央縦貫道路→第一山小屋

 大原で下船し、その日でこのコースを消化するのも良いが、中央縦貫道路は、容赦なく照りつける南国の太陽と路面の照り返しと合わせて想像以上にスタミナを消耗させるので歩き辛い。山道に入ってからの、西表島特有の大自然のすばらしさを満喫する上からも、大富で一泊し、早朝出発する方法が、時間的、肉体的にも余裕があって望ましい。
 目指す第一山小屋へは中央縦貫道路の途中より延びる山道を浦内川の流れづたいに辿る。山道は極めておだやかな起伏を保ち、踏み出す一歩一歩毎に、雄大な浦内川を包み隠さんばかりに繁茂する原生林が、心にくいばかりに大自然のパノラマを展開してくれる。起伏の激しい古見よりの横断道路が男性的だとすれば、花を摘み摘み寸時に変わりゆく大自然の雄大さを味わいつつ辿るこのルートは、女性的だと言える。
 このルートの説明に入ろう。大富部落より中央縦貫道路のゆるやかな登りを約40分行くと、左下方に300〜400mの山々を背に蛇行する雄大な仲間川が、原生林の抱擁を嫌うかのように陽にキラキラ輝いている。河口のはるか彼方には、紺碧の海に小じんまりとした新城島がひっそりと座しており、しばし道中の苦しみをいやしてくれる。大富部落より約5.5q登りつめると、右手に山道入口がある。入り口は中央縦貫道路の建設のため、約5m上方に押し上げられたようになっている。(1971年8月現在、このあたりまで工事が進んでいる。)道標を2つ打ちつけてあるから見逃さないよう注意したいものだ。
 入り口を見つけたら、しめたものだ。ここから約2時間で第一山小屋に到達できる。山道は、亜熱帯植物が道をおおうようにはびこっている。約800m(30分)行くと、山道の中央に大木が横倒しになっている箇所に出くわす。それをくぐってすぐ左へ折れ、沢づたいに進む。山道入り口から1.4q地点に、第一山小屋から2qと示した道標のある沢に出る。ここから先は沢あり谷ありジャングルありで、変化に富んだ快適なワンデリングルートである。途中何度も川を横切るので、飲み水にも困る事はない。特に後半の浦内川に沿ってのコースは名状しがたいほど自然を満喫できる。快感に浸っている間に、最後の沢を横切り、約300mで横断道路の分岐点にでる。そのあと第一山小屋へは300mで着く。
 第一山小屋は営林署の設置したもので、6、7人なら余裕をもって収容できる。使用科はいらないが、以前に壁板をはがして薪に用いたり、壁に落書きしたりずいぶん心ない旅行者達に荒され、たびたび修築したとのこと。皆が利用する山小屋なので大切に使って欲しい。